皆さんは「終末医療」というキーワードを耳にした時に、どのような印象を持たれるでしょうか。
決して癒えぬことのない病に伏して暗い顔をした患者さんとその横で悲しみに暮れる家族達…
気休め程度にしかならない痛み止めや投薬治療…
きっとそんな陰鬱とした様子を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
もちろん、末期ガンを始めとした重い病気に冒され、余命宣告を受けた終末期の患者さんは、体だけでなく心にも大きなダメージを負っていることは確かです。
その現実を受け止めて生きていくには、相当なエネルギーが必要とされます。しかしながら終末医療は、少なくともそう言ったマイナスなイメージの医療ではありません。
「いつか訪れる最期の時まで、残された時間を穏やかに、そして自分らしく生きていく。」、そのためのお手伝いをするのが終末医療のもっとも重要な役割です。
本日は、重苦しい印象の強かった「終末医療」について、その概要から具体的なケア内容に至るまで詳しく解説いたします。
目次
1 そもそも終末医療(ターミナルケア)って何だろう?

出典 : https://www.photo-ac.com/
終末医療は、「病気を根治すること」を目的とした一般的な医療とは性質の大きく異なるものです。
まずは、終末医療(ターミナルケア)とは一体どのようなものなのか、その概要について把握しておきましょう。
1-1 終末医療とは残された時間を充実させるための医療
終末医療とは、病気の根治を目的としたものではなく、残された患者さん本人の時間をできる限り充実させ、肉体的にも精神的にも穏やかに過ごせるようにするための医療のことです。
ターミナルケア(terminal care)と呼ばれることもあります。
例えばあなたが今、末期の癌を患い、医師からも余命1年を言い渡されていたとしましょう。残りの1年間、辛い抗がん剤治療や放射線治療を継続すれば、肉体的にも精神的にも大変な苦痛が伴います。
一方、本人と家族が終末医療を選択した場合には、苦痛をなるべく減らせるような対症療法に専念し、残りの人生のQOL(Quality Of Life : 生活の質)を上げることだけに専念することができるわけです。
1-2 終末医療を選択するか否かはデリケートな問題
終末医療を選択するかどうかの決断は、そう簡単にはできるものではありません。捉え方によっては、「治療そのものを諦めている」と考えられてしまうこともあるでしょう。
人間であれば、「死にたくない!死ぬのが怖い!」と不安や恐怖を覚えるのは当然です。本人が「治療を継続し少しでも長く生きたい!」と考えているならば、無理に終末医療を勧めることもできません。
しかし、延命治療を続ければ、ご家族は多額の費用を負担しなくてはいけない上に、例え延命治療を施したとしても、どれくらい命が持つかもわからない…そんなジレンマに陥ってしまうこともあるでしょう。
終末医療を行うか否かの選択は、本人にとってもそのご家族にとっても非常にデリケートな問題なのです。
2 終末医療(ターミナルケア)ってどんなことをするの?

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終末医療とは、「病気の根治を目的としたものではなく、残された患者さん本人の時間をできる限り充実させ、肉体的にも精神的にも穏やかに過ごせるようにするための医療のこと」であるという説明はすでにしました。
では「残された患者さん本人の時間をできる限り充実させ、肉体的にも精神的にも穏やかに過ごせるようにするための医療」とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
終末医療には、大きく分けて「身体面」と「精神面」の2つが存在します。
2-1 身体面のケア
身体面のケアとしては、主に「痛みや疾患特有の症状をできる限り和らげる」ことが挙げられます。
例えば、末期ガンの患者さんは、ガン自体があらゆる臓器に浸潤することによる猛烈な痛みに苦しみますが、「モルヒネ」といった鎮痛薬を使用すればその苦痛を少しでも減らしてあげることができるのです。
その他にも、食事・入浴・排泄・睡眠といった生活の場面で、少しでも本人のストレスが減るような介助をしてあげることもまた身体面なケアにおいて、とても大切なことと言えます。
また、もし在宅で終末医療を行う場合には、訪問介護サービス等の利用も検討すべきです。プロならではの介助によって、ご家族の方では中々手の行き届かない部分にもアプローチすることで、本人のストレス緩和にも繋がります。
身体面と精神面は、当然ながら常に密接な関係にあります。身体面のケアを充実させるということは、すなわち精神面のケアにも通じる部分が多いのです。
2-2 精神面のケア
精神面のケアでは、本人の死への恐怖を無理に紛らわすのではなく、本人が心からリラックスできるような環境づくりをしてあげることが、一番大切なことと言えるでしょう。
どんなに心の強い方であっても、人間である以上、死への強い不安や恐怖に苛まれるのは当然のことだからです。
また、「死が目前に迫っている」という事実を突きつけられた時に起こる混乱や葛藤に対する周りの理解も非常に重要な要素の1つと言えます。
終末期研究の先駆者として知られるドイツの精神科医 エリザベス・キューブラー=ロスによると、人は自分の命が残り僅かであるという事実を宣告された際に、心理的な5つのプロセスを経て受容に至るとされています。
精神科医 エリザベス・キューブラー=ロスによる「死の受容モデル」
- 第1段階 否認と孤立…命の危機に陥っていることへの衝撃からその事実を認めたくないという考えが強くなる時期
- 第2段階 怒り…死の事実は理解したが「なぜ自分のような人間が死ななければいけないんだ」という怒りが強くなる時期
- 第3段階 取引…特に信仰心がなくても、神仏に自分の命をなんとかして伸ばしてほしいと願う時期
- 第4段階 抑うつ…神仏に願っても自分の死は変わらないという事実への絶望から虚無感に襲われる時期
- 第5段階 受容…生者必滅を受け入れ自分を見つめ直すことで、心に平穏が訪れる時期
【参考】青栁路子『E.キューブラー=ロスの思想とその批判』東京大学(2005年)
このように人は死を受け入れるまでに、否認、怒り、取引、抑うつといった様々な葛藤を経るものなのです。
周囲の方も、落ち込んでいる患者さん本人をひたすら励ますのではなく、しっかりと心理状態を把握した上で、適切な声かけやサポートをしてあげると良いでしょう。
本人の心の整理がつくまで、優しく寄り添うようにさせてあげてください。
3 終末医療(ターミナルケア)を受ける場所
終末医療を受ける場所も、本人と精神面の安定とご家族の肉体的 / 経済的負担を考慮して選択する必要があります。
今回は、在宅、介護施設、ホスピス病棟の3つに分けて、それぞれのメリットとデメリットについて確認しておきましょう。
3-1 在宅ケア

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在宅ケアのポイント
- 患者さん本人の精神的な負担…少ない
- ご家族の肉体的/精神的負担…大きい
- 経済的な負担…少ない
残された時間を、住み慣れた我が家で大切なご家族と一緒に過ごすことができるというのが、在宅ケアの最も大きなメリットです。
ご家族の負担は大きくなってしまうかもしれませんが、本人の一番痒いところに手が届くのは、やはり長年生活をともにしてきたご家族以外いません。本人への精神的なストレスも少ない上に、経済的な負担も少なめです。
ただし、ご家族だけで全てを抱え込むのは避けた方が良いでしょう。ソーシャルワーカー等の手を借りて、ご家族の方の負担が大きくなりすぎないようにする必要があります。
3-2 介護施設

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介護施設のポイント
- 患者さん本人の精神的な負担…中くらい
- ご家族の肉体的/精神的負担…大きい
- 経済的な負担…大きい
ご家族の肉体的な負担を少しでも減らすのであれば、介護施設を利用も検討すべきでしょう。最近の介護施設では、「看取り介護」をサービスとして提供している場合もあります。
金銭的な負担は多少大きくなってしまいますが、その分ご家族の方は、施設に訪れた際に、ご本人の精神的なケアに専念することが大きなメリットと言えるでしょう。
ただし、ご本人にとっては住み慣れた我が家から離れて、慣れない環境で生活しなければならないということが大きなストレスになってしまう場合もあります。
3-3 ホスピス

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ホスピスのポイント
- 患者さん本人の精神的な負担…大きい
- ご家族の肉体的/精神的負担…少ない
- 経済的な負担…かなり大きい
ホスピスとは、末期のガンとエイズ疾患者の終末医療を目的とした施設です。
末期のガンやエイズ患者さんが、残りの時間を穏やかに過ごすためには、身体的症状の緩和ケアが必要不可欠になります。
4. ホスピス緩和ケアを受けるための条件
1)悪性腫瘍、後天性免疫不全症候群(AIDS)などに罹患し、ホスピス緩和ケアを必要とする患者を対象とする。
出典 : 笹川記念保健協力財団公式ホームページ「緩和ケアとは」より
基本的に、この2つの疾患を以外の方は、ホスピスに入院することはできません。
経済的な負担はかなり大きくなってしまいますが、その分、容態が急変したりした時にもすぐに対応してくれるため、ご家族の方も安心して暮らすことができるという点が大きなメリットと言えるでしょう。
ただし行動面の自由は大きく制約されてしまうため、ご本人にとって大きなストレスとなってしまう場合もあります。
ホスピスを利用するかどうかは、ご本人とご家族の間でしっかりと話し合った方が良いでしょう。
4 終末期にあなたが望むのは延命?それとも残された時間の充実?

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ここまで終末医療について詳しく説明してきました。
もしあなたが、医師から余命を告げられた際、終末期に望むのは「延命」でしょうか?
それとも残された時間を充実させ、穏やかに過ごすための「終末医療」でしょうか?
不躾な質問をしましたが、こんな2択を迫られて簡単に答えられるわけがありません。そして、こればかりは、当事者になってみなければわからないものでしょう。
健康な状態の時に「自分は残された時間を楽しみたいから、終末医療が良い」と言っていたとしても、いざ死を目前にすると「大切な家族と少しでも長くいたい」という気持ちから延命を選択する可能性も十分あります。
どちらが良い、悪いという話ではありません。ご家族と、そして何よりご本人にとって最善の選択をすることが大切なのです。
まとめ
今回は、終末医療という人の死に関わるテーマについて解説しました。
少し重たいテーマだったかもしれません。しかしながら私たち人間は生きている以上、刻一刻と確実に老いていき、やがて死へと近づいていきます。
終末医療は一般的に話題にされることも少ないため、いざ自分または家族が死を目前とした時に、初めてその存在を知る方も多いでしょう。
死ぬなんて縁起でもない!そんな話はやめてほしい。と、避けられる方も多いかもしれません。
しかし、自分の死について考えるということは、死から逆算して「自分は何をすれば満足なのか。何をしたら幸せだと感じるのか。」、自分のQOLを向上させる術について考えることに繋がります。
生きてきて心から幸せだったと、そう感じることのできるようなサポートをする…。終末医療は、実はとても優しくて穏やかな医療なのかもしれません。
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